このFAQsについて
執筆者:Roger Pebody
編集者:Will Nutland
ロンドンを拠点にさまざまなキャンペーンを展開しているPrEPの普及啓発団体PrEPsterが2018年6月に公開したPDF版のFAQsと、PrEPsterのウェブサイト上に公開されているFAQsをもとに日本語訳しました。そのため、2019年8月時点での最新情報とは限りません(この間にさまざまな研究結果の報告が国際学会でされています)。また著作権はPrEPsterが保持しているため、この日本語訳版を冊子などの形で印刷・配布することはできません。
日本のみなさまへ ーごあいさつー
PrEPは世界中でHIV予防のあり方を変えています。コンドーム、定期的なHIV検査、治療による予防(U=U:検出限界値以下なら感染不可能)に加え、PrEPは新しいHIV予防の方法のひとつになってきています。ロンドンのような大都市で、私たちはHIVの新規感染者数の大きく、意義深い減少を目にしてきています。これにはPrEPが重要な役割を果たしています。PrEPは万人向けではないでしょう。けれども、すべての人がPrEPについて知っていて、とりわけ私たちが自分の友人にPrEPについて話ができることは重要です。あなたや、あなたの知っている人が、PrEPの服用をはじめたいと思っているならば、このガイドラインは、知っておくべきすべての重要な情報を提供します。セクシュアリティやジェンダーにかかわらず、もっとPrEPについて知って、あなたのすべての友人にもPrEPを知ってもらいましょう!
ロンドン大学衛生熱帯医学大学院
PrEPster 共同創設者
Honorary Assistant Professor at the London School of Hygiene and Tropical Medicine.
Co-founder of PrEPster. Dr. Will Nutland
専門用語について
このFAQsにおいて、「PrEP」とは、特に指定のない限り、フマル酸テノホビルジソプロキシルおよびエムトリシタビンを含有する錠剤を指します。 「男性とセックスをする男性(MSM)」には、ゲイおよびバイセクシュアルの男性と、男性とセックスをするそのほかの男性が含まれます。特に明記しない限り、この用語には男性とセックスをするトランス男性が含まれます。 「トランス」または「トランスジェンダー」とは、出生時に割り当てられた性別と、現在本人の認識する性別が異なる人々を指します(たとえば、子供の頃は男性だと思われていたが、現在は女性と自認している人)。 「シス」または 「シスジェンダー」とは、出生時に割り当てられた性別と本人が認識する現在の性別が一致する人を指します。一般的に、「女性」のための勧告についての声明は、シスジェンダーとトランスジェンダーの両方の女性を含みます。同様に、「男性」に対する推奨は、シスジェンダー男性とトランスジェンダー男性の両方を含みます。ただし、ほとんどの研究ではほぼシスジェンダーの人たちに限定して治験者を募集していたため、特に明記しない限り、研究データに関するほとんどの記述は、通常シスジェンダーの男性または女性にのみ関するものです。多くのトランス男性は(特に彼らが性別適合手術を受けていない場合)、彼らの性器を指す用語として、「膣」よりも「前の穴」という呼称を好みます。さらに、「膣性交」よりも「前の穴による性交」という用語がしばしば好まれます。 このFAQs内で「膣」や「膣性交」に言及している際はいつでも、特に言及されていない限り、「前の穴」と「前の穴による性交」を含みます。
もっとも一般的に行われているPrEPは、1日1回1錠の薬を内服するという方法です。この錠剤はテノホビルとエムトリシタビンという2つの薬の合剤です。これは、HIV陽性者が、HIVの治療のために一般的に服用するものと同様の錠剤の一つです。PrEPは決められたとおりに正しく服用することで、最大の効果が得られる-すなわち、HIVの感染を防ぐために必要な薬物の血中濃度を確保することができます。
簡単に言ってしまえば答えはYESです。デイリーPrEPは非常に効果的であることが研究により確かめられています。iPREXでは、毎日服用することができれば最も効果が高いことがわかっています。
もしPrEPを服用している人がHIVに感染するリスクにさらされた場合、服用したPrEPの薬が、HIVの細胞への侵入や複製を阻害します。この作用がHIV罹患を防ぎ、PrEPの服用者をHIVの感染から守ります。
HIVの感染リスクが膣性交または薬物注射の場合は、PrEPは毎日服用する必要があります。感染リスクが肛門性交ならば、さらに2つの選択肢があります。それは、週4日の服用(別名:Ts and Ss)とオンデマンドPrEPです。
デイリーPrEP
PrEPを1日1回、毎日、継続的に服用する方法です。ほとんどのPrEPの研究はデイリーPrEPに基づいて行われており、ほかの服用方法よりもデイリーPrEPの方がより科学的なエビデンスがあります。デイリーPrEPは、肛門性交、シスジェンダーの異性愛者(男女)の膣性交および薬物注射に関して研究が行われてきました。多くの国際的なガイドラインが、PrEPを服用する唯一の方法としてデイリーPrEPを推奨しています。
週4日の服用(別名:Ts and Ss)
HIVの感染リスクが肛門性交の場合、PrEPの服用が週に4日でも充分効果があると研究により示されています。これは最も厳格な研究であるランダム化比較試験では調査されていませんが、この方法が効果的であることが経験的に示されています。コストや副作用の懸念から、週に4日だけ服用すると決める人もいます。この服用方法では、たとえば火曜日、木曜日、土曜日、日曜日と、PrEPを一日置きに服用するのが最適です。体の部位によって薬物吸収が異なるため、HIVの感染リスクが膣性交や薬物注射の場合は、この方法では効果は期待できません。
オンデマンドPrEP(別名:EBDまたは2-1-1)
「event-driven」または「event based」投与とも呼ばれるこの服用方法は、性交渉の直前そして直後にPrEPを服用するものです。フランスのIPERGAY研究では、肛門性交によるHIV感染の予防の場合にはオンデマンドPrEPが有効であることが示されています。IPERGAY研究でのオンデマンドPrEPの服用方法は、予想される性交渉の2~24時間前にPrEPを2錠服用します。そして性交渉後、最初に2錠を服用した24時間後と48時間後に1錠ずつ服用します。数日連続で性交渉を行う場合は、最後の性交渉の48時間後まで毎日1錠の服用を継続してください。ほとんどのヨーロッパのガイドラインは、HIVの感染リスクが肛門性交の場合、オンデマンドPrEPを支持しています。 HIV i-Baseによって公表された「英国でのPrEPガイドライン」では、この服用方法の実例を図表で示しています。体の部位によって薬物吸収が異なるため、オンデマンドPrEPは、HIVの感染リスクが膣性交や薬物注射による人には推奨されません。
この問いの回答はいくつかの基礎研究から導き出されます。これらの研究では、血液、膣組織、直腸組織において、薬物濃度が最大になるまで、もしくは「定常状態」になるまでどれくらいの時間を要するかが示されています。薬の種類によって、体の各部位における有効濃度に達する時間が異なります。たとえば、PrEPに含まれる2つの薬、テノホビルとエムトリシタビンの間には有効な血中濃度に達するまでの時間に違いがありますが、PrEPが有効となるためにはどちらの薬もおそらく必要です。研究は複雑かつ不完全です。英国HIV協会(BHIVA)のガイドラインの執筆者は、研究について再検討した上で、PrEPの服用者のための実用的なアドバイスとして、以下の推奨をしています。HIVの感染リスクが肛門性交の場合か膣性交の場合かで、推奨内容は異なります。
HIVの感染リスクが肛門性交の場合、服用スケジュールの種類に関わらず:
・開始するとき:PrEPは、性交渉の2~24時間前に2錠服用することで開始できます。
・止めるとき(中断するとき):PrEPは、最後の性交渉の48時間後まで毎日続けられなくてはいけません(PrEPをやめる場合でも、最後の性交渉後、24時間後に1錠、48時間後に1錠服用することは必須です)。
・再開するとき:PrEPの服用中断後、7日以内に再開したい場合、1錠の服用で再開可能です。もし 7日以上経過している場合は、2錠服用して下さい。
HIVの感染リスクが膣性交または「前方」の性器による人の場合:
・開始するとき:PrEPは、性交渉をする7日前までに、1日1錠を服用する方法で開始されるべきです。もし性交渉までに、完全に7日間PrEPを服用できない場合、性交渉直前の服用を2錠にすることがさらなる予防になるかもしれませんが、この方法は証明されていません。コンドームやほかの予防方法を、PrEPの服用の最初の数日は併用してもいいでしょう。
・止めるとき(中断するとき):最後の性交渉の7日後まで毎日PrEPを服用するべきです。
・再開するとき:開始するときと同じ方法で行います。
薬物注射による感染リスクの場合
性交渉による感染リスクと同様に、組織よりも血液の方が、PrEPの濃度が保護レベルに達するまでにより時間がかかるということを認識する必要があります。薬物注射をする7日前から7日後までの間、PrEPを服用することが推奨されます。
人のHIV感染リスクは一定ではありません。生活環境の変化や時間の経過とともに変わりがちです。たとえば、新しい都市に移ったり、安定していた相手との関係を解消したりすると、感染リスクが高くなる時期がはじまるかもしれません。これらは時に「リスクの時期(seasons of risk)」とも呼ばれます。人はさまざまな理由でPrEPの使用をやめるかもしれません。たとえば、性行動を変えたり、HIV陽性のパートナーのウイルス量が検出限界以下に達したり、あるいは関係が安定してほかと性交渉をしない1対1の関係になったりするかもしれません。PrEPの服用者に対するサポートには、HIVの暴露リスク、PrEPを安全にやめたり再開する方法の啓発といった、PrEPを取り巻く状況の認識を含める必要があるでしょう。 PrEPをやめる場合でも、最後のHIVの感染リスクがあったあとの数日間は、服用を続ける必要があります。
PrEPの服用をときたま忘れてしまっても、(それまできちんと服用できていれば)体内では高い予防効果が保たれています。飲み忘れに気づいたときに1錠服用し、決められた服用方法を続ければOKです。時々であれば2錠を1日で服用してしまっても安全性に問題はありません。
PrEPを服用する人のほとんどは副作用を経験しません。副作用がでた場合も、たいていの場合は数週間以内に自然になくなる傾向にあります。副作用には、腹痛、下痢、頭痛、または倦怠感が含まれます。PROUD study(イギリスで実施されたPrEPの効果を調べる大規模調査)の参加者によって報告された副作用はわずかでした。また、副作用を理由にPrEPを中断したほとんどの人が、服用を再開することができました。
PrEPはPEPと異なります。PEPは、HIVに暴露したと思う人が、性交渉後に28日間服用するものです。PEP( Post– Exposure Prophylaxis「暴露後予防内服」)とPrEP(Pre-Exposure Prophylaxis「暴露前予防内服」)の主な違いは、PEPはHIVに暴露したと考えられる性交渉「後」に服用され、PrEPは性交渉「前」に毎日継続して服用される点です。
PrEPの服用を検討している場合、セクシュアルヘルスクリニックの医師と相談することを強くおすすめします。医療スタッフはあなたがPrEPを行うのが適切かどうか判断するのを手助けしてくれるでしょう。そしてPrEPを開始する前に、腎機能検査など重要な検査を提供してくれるでしょう。そしてこれはとても重要なことですが、適切な方法を用いたHIV検査を行ってくれるでしょう。PrEPを開始するときには、HIVが確実に陰性であることが適切な検査で確かめられなくてはならないのです。
PrEPを開始する前に、確実にHIVに感染していないことを確認することが重要です。必ず「第4世代抗原・抗体検査」を受けてください。この検査は、古い世代の検査よりも早い段階(暴露後3~4週間)でHIVの感染を検出できます。 「第4世代」のHIV検査は、通常、セクシュアルヘルスクリニックでしか利用できません。自己検査キットなどの指から採血するタイプの検査方法は、直近のHIV感染検出において第4世代ほど優れていません。
第4世代のHIV検査が陰性だった場合は、すぐにPrEPを開始できます。検査前の4週間にHIVの感染リスクがあった場合、最近のHIV感染が検出されないことがあるため、4週間後に再検査することをおすすめします。再検査でHIV陽性だった場合は、PrEPの服用を中止し、ただちにHIVの専門医療機関からのアドバイスとサポートを受けてください。
HIVの感染リスクがあった後にインフルエンザのような症状があった場合は、PrEPを開始しないことが重要です。インフルエンザのような症状は急性HIV感染による症状の可能性があるので、セクシュアルヘルスクリニックからのサポートとアドバイスを受けてください。
性的にアクティブな方の場合、PrEPを使うかどうかにかかわらず、HIVとほかの性感染症のスクリーニングに関する同じガイドラインが適用されます。HIVと全ての性感染症のスクリーニング検査は、アクティブなセックスライフを送る人にとってすばらしいアイデアです!さらに、腎機能をチェックするために、受診時の尿検査および年に一回の血液検査が推奨されます(16番参照)。また受診時には、B型肝炎の予防接種状況を確認したり、HPV(ヒト・パピローマウイルス)予防接種についてたずねることもお勧めです。
ごくまれですが、PrEP服用中に腎臓に問題が生じる場合があります。腎機能検査をすることにより、医療者がPrEPを中断すべきか、あるいは中止すべきかといった判断のアドバイスをしてくれるでしょう。PrEPの開始前または開始後ただちに、血液検査(血液中のクレアチニンおよびeGFR)と尿検査(尿中のタンパク質)の両方を受けることをおすすめします。
PrEPはHIVの感染予防にのみ効果的であることが証明されています。PrEPが単純ヘルペスウイルス2型およびB型肝炎の感染予防に何らかの影響を与える可能性を示唆する研究もありますが、はっきりしたことはわかっていません。
それとは対照的に、コンドームの場合、毎回正しく使用すれば、HIV、淋病、クラミジア、梅毒、C型肝炎、およびそのほか多数の感染症の防御になります。
また、PrEPに避妊効果はありません。PrEPを服用中の人には、PrEPがほかの避妊方法には影響を与えないという確認も含めて、避妊に関するアドバイスが必要な人もいるでしょう。
PrEPを服用中の人は、通常コンドームを併用するようすすめられますが、実際には多くの人がコンドームを使用せずにPrEPを服用しています。特にコンドームが好きではない人や使うのが難しいと感じる人にとっては、PrEPはHIVの感染予防に非常に効果的な方法です。さらに予防したい場合は、コンドームとPrEPを併用することがより安全性を高めます。コンドームはほかの性感染症も予防しますが、PrEPの場合は不可能、ということは非常に重要であると思われます。
国際的なガイドラインでは、HIV感染のリスクがある程度高い人々にPrEPを推奨しています。西ヨーロッパでは、PrEPは男性と性交渉を行う男性、および男性と性交渉を行うトランス女性に推奨されています。これらのコミュニティでHIVの罹患率が非常に高いためです。シスジェンダーの異性愛者(男女)間での性交渉に関しては、それほど強い勧告は出されていません。ヨーロッパのほとんどの国では、HIVの罹患率は、シスジェンダーの異性愛者(男女)間では低くなっています。したがって、カジュアルなパートナーとコンドームなしの性交渉をしたとしても、そのパートナーがHIV陽性者である可能性は比較的低いでしょう。
iPrEx研究のオープン化継続延長試験のデータは、トランス女性がPrEPを処方通りに服用した場合、非常に有効であることを示しています。男性と性交渉を行う151人のトランス女性のうち、週に2~3錠以上の服用ができていた人は誰もHIVに感染しませんでした。一方、週に2錠以下しか服用できていなかったトランス女性3人がHIVに感染しました。一部のトランスの人々がPrEPの服用に懸念を持つことには理由(21番参照)があるようです。
いくつかの国際研究において、トランスの参加者のPrEPのアドヒアランス(服薬順守)の低下をもたらした要因は、PrEPと性別適合のためのホルモン療法に用いられる薬の薬剤相互作用に対する怖れ、あるいはそれに関する情報の欠如があったと思われます。多くのトランスの人々は、HIVを含むほかの健康上の問題よりもホルモン剤の服用を優先します。
英国HIV協会(BHIVA)のガイドラインは、エチニルエストラジオール(すでに性別適合のためのホルモン療法の一部として推奨されなくなったホルモン剤)を除き、PrEPと女性ホルモン剤または男性ホルモン剤との間に明かな相互作用はないと述べています。
PrEPが女性にも有効であることには明らかなエビデンスがあります。ウガンダとケニアでシスジェンダーの異性愛者(男女)を対象にした大規模調査で信頼性の高いエビデンスが示されており、ボツワナで行われた同様の調査でもその有効性が示されています。これらの研究において、ほとんどの人にとって主なHIVの感染リスクは膣性交でしたが、一部の人々においては肛門性交も感染リスクのひとつであったと考えられています。このエビデンスをもとに、イギリス国内および国際的なガイドラインでは、感染経路が膣か肛門かを問わず、性交渉を通したHIVの感染リスクのあるすべての人々にPrEPを推奨しています。
イギリス国内と国際的なガイドラインは、この点に関して一貫した推奨を出しています。 HIVの感染リスクが膣性交による人へのオンデマンドPrEPは推奨されていません。膣性交の場合、デイリーPrEPが推奨される唯一の方法です。
第一の理由は、オンデマンドPrEPが男性と性交渉を行うシスジェンダー男性に対してのみ調査されており、その主なHIVの感染リスクは肛門性交によるものだということです。
第二の理由は、テノホビル(PrEPに含まれる2種類の薬物成分の1つ)が組織内で十分な濃度に達する時間に差があり、直腸に比べ膣でははるかに長い時間を要するためです。つまり、膣性交の場合、オンデマンドPrEPでは充分な効果が期待できないということです。
受胎時、妊娠中、授乳中のPrEPの安全性に関する研究データは十分ではありませんが、一般的に安心だと考えられています。これから妊娠したいと希望している人、現在妊娠している人、また現在授乳中の人において、PrEPは服用可能とイギリス国内および国際的なガイドラインは述べています。
これまでに実施された研究では、PrEPの服用中に妊娠した人々に何ら問題は認められませんでした。PrEPの成分はごくわずかな量しか母乳に含まれず、授乳中であってもデイリーPrEPを安全に服用できます。
HIV陽性者のパートナーがいるHIV陰性者の方の中には、妊娠を試みる際のPrEPの服用に興味のある方がいるかもしれません。この場合、感染リスクの正確な理解が重要です。ウイルス量が検出限界以下の人からは、HIVは感染しません。とはいえ、妊娠を試みる際、より安心感を得るためにPrEPの服用を選択することもあるでしょう。あるいは、陽性パートナーのウイルス量が検出限界以下に減少していないために、PrEPの服用を決心するかもしれません。
また、妊娠中にHIVの感染リスクが高まった場合、赤ちゃんへの感染リスクも同様に高まります。 妊娠中は、PrEPを含む効果的なHIV感染予防へのアクセスが重要です。
ほとんどの西欧諸国では、PrEPの認知度と利用率は、ほかの社会集団とくらべ、男性と性交渉を行う男性のコミュニティではるかに高くなっています。この理由として、ゲイコミュニティにおけるHIV問題との関わりの長い歴史や、ゲイコミュニティでは個人個人がHIVに対し脆弱性を抱えていることが広く認識されていること、そしてPrEPを取り巻く近年のコミュニティによる積極的な啓発活動などが考えられます。ほかの社会集団においては、HIVにさらされるリスクについて認識していない人が多かったり、PrEPの存在を知らない人も多くいるのかもしれません。これには、HIVの感染リスクについて情報が限られている場合や、性交渉によってHIVに感染すると思っていない、あるいは感染リスクを理解していない人が含まれます。
特定の社会集団でPrEPの認知度と利用率が低いのには特別な理由があるかもしれません。イギリスを例にとれば、イギリス国外で生まれた女性が、セクシュアルヘルス関連のサービスにアクセスする際に、経済的、文化的、言語的な障壁に直面します。イギリスで暮らすアフリカ系女性の多くは、セクシュアルヘルスの問題が生じた際、現在PrEPが提供されているセクシュアルヘルスクリニックよりも、家庭医を受診する傾向があります。
薬物を使用する人は、性交渉だけでなく薬物を注射する際の器具の共有でもHIVに暴露する可能性があります。PrEPは2つの感染経路に関して異なる効果を及ぼしえます。薬物注射を行う人において、PrEPが性交渉による感染を防ぐのは当然のことですが、注射器具の共有によるHIVの感染リスクへの効果は、前者ほど明確ではありません。薬物注射を行う人々を対象としたPrEPのランダム化試験は一度のみタイで実施されました。テノホビル(PrEPの薬剤成分のうちのひとつ)が薬物注射を行う人々のHIVの感染予防に部分的に効果があったことが示されました。この研究は、薬物注射による感染を予防するためのPrEPの有効性の評価を目的としていましたが、この有効性の一部は性行為による感染の予防による可能性があります。 この研究にはもう1つの問題点があり、それはすでに効果が実証されているハームリダクション(針・注射器の交換を含む)が提供されていないことです。 この研究の結果は、薬物注射を行う人々の中でもハームリダクションが提供されており、HIVの感染リスクがはるかに低い場合には適用困難です。薬物使用の活動家たちは、注射器具の共有によるHIVの感染を防ぐという点では、滅菌された針、注射器、そのほかの器具への継続的なアクセスを確保し、またオピオイド代替療法を提供することをPrEPよりも優先すると主張します。
PrEPはほかのほとんどの薬との間に相互作用はありません。 PrEPは、アルコールを飲む時や快楽のための薬物を使う際にも服用することができます。 PrEPは、ホルモン避妊薬やほとんどの市販薬と併用できます。
しかし、テノホビル(PrEPに含まれる成分の1つ)は、腎機能に影響するほかの薬と相互作用する可能性があります。これらには、いくつかの非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs、中でも特にジクロフェナク)、特定の細菌感染の治療に用いられるアミノグリコシド、ヘルぺス治療に用いられるアシクロビルおよびバラシクロビルが含まれます。
PrEPの服用者がほかの薬を処方される際、医師もしくは薬剤師にPrEPを服用中であることを伝え、薬の相互作用について確認することを強くおすすめします。リバプール大学の便利なウェブサイトはPrEPとほかの薬の相互作用について誰でも閲覧可能な情報を提供しています(www.hiv-druginteractions.org)。
PrEPと薬剤耐性についての不安や懸念の声がありますが、それらは必ずしもきちんと考え抜かれたものではありません。以下のように潜在的な問題を区別するべきです。
- PrEPの服用者がHIVに感染し、薬剤耐性を獲得する
- PrEPが広く普及したことによって、薬剤耐性がより問題になりはじめる
- 薬剤耐性が原因で、PrEPが効かなくなる
PrEPの服用者がHIVに感染し、薬剤耐性を獲得する
すでにHIVに感染している人が(感染に気づかないまま)PrEPの服用を開始するか、またはPrEPを服用しているにも関わらず(何らかの理由で)HIVに感染し、そのまま服用を続けた場合、服用しているその薬はHIVの治療薬として最適なのかという懸念です。PrEPを構成する2つの抗HIV薬はHIV感染を治療するのに十分ではありません(治療には通常3つの抗HIV薬が使用されます)。このような状況下では、その人のHIVが増殖して抗HIV薬に耐性化し、HIVの治療を開始する際に薬の選択肢を潜在的に狭めてしまう可能性があります。実際の統計でも時々こういった事例の発生が報告されています。臨床試験でPrEPの提供を受け、HIV陽性になった50人のうち1人未満の割合で、HIVの薬剤耐性が認められました。これらの症例のほとんどが、すでにHIV感染のごく初期段階にPrEPを服用しはじめた人々の事例でした。PrEPを開始する前にHIV検査をするのが標準的な医療行為ですが、検査の種類ごとにある「ウィンドウ期間」内だと直近の感染が見逃される可能性があります。同様の事態は、PrEPの服用を中断している間にHIVに感染した人が、そのあと新たなHIV検査を受けずにPrEPを再開した場合にも起きる可能性があります。こうした事例は、PrEPの開始時と再開時に医療機関を受診し、採血された検体を専門検査機関に送付し検査する「第4世代」のHIV検査を実施することが重要だと強調しています(迅速検査や家庭用検査キットでは、直近の感染を検出できません)。また、PrEPを開始したい人が発熱や発疹などHIV感染の初期症状を有している場合、医療機関を受診し医師の診察を受けることの重要性が強調されています。PrEPの飲み忘れがかなり多く、薬の血中濃度があまりに低い場合、結果的にHIVに感染し、薬剤耐性が発生する可能性があります。耐性はほとんどの場合テノホビルに対してよりも、エムトリシタビンに対して起こります。PrEPを服用している間に薬剤耐性を獲得した場合には、それ以外で使用できるいくつかの抗HIV薬を組み合わせてその後の治療を行っていきます。
PrEPが広く普及したことによって、薬剤耐性がより問題になりはじめる
PrEPが広範に利用されることで上記の事例が多数もたらされた場合、 HIVの薬剤耐性株はより広範囲に拡大してさらに流行する可能性があります。今後そのようなことになった場合、コミュニティにおけるPrEPとHIV治療の両方の有効性に強い影響を及ぼします。これまでの経験では今のところこういった事態が起きている兆候はありません。とはいえ、PrEPが臨床試験中に比べ、臨床モニタリングの頻度が下がりながら広がっていくと、状況がさらに進化する可能性があります。PrEPを初期の段階で服用開始したユーザーよりも、これからPrEPの服用を開始するユーザーの服薬アドヒアランス(遵守性)が低い場合、より多くの耐性が出現する可能性があります。この問題を考える際には、薬剤耐性のリスクとPrEPによって予防することのできる新規HIV感染数を比較検討する必要があります。たとえばある研究では5人が薬剤耐性を獲得しましたが、PrEPが約120人のHIV感染を予防しました。薬剤耐性は心配ではありますが、HIVに感染することは健康にとってはるかに深刻な脅威です。
薬剤耐性が原因で、PrEPが効かなくなる
PrEPの服用者が、薬剤耐性のHIVに感染している陽性者と性交渉をした場合、PrEPが感染を防げないかもしれないという懸念です。HIV陽性者がPrEPで使用されるエムトリシタビンとテノホビルの両方に耐性を持つことはまれであるため、これはめったにない現象と考えられています。PrEPとして使用されていないほかのHIV薬に対する耐性のほうがもっと一般的です。これまで世界中で、PrEPを正しく服用していたと思われるにも関わらずHIV陽性になった事例が学会報告されたのは4件だけです。そのうち2つの事例は、PrEP薬の耐性ウイルスへの曝露がありました。3番目のケースも同様の可能性がありましたが、研究者が確信するのに十分な情報が得られませんでした。4番目のケースではPrEPへの高いアドヒアランス(遵守性)にも関わらず、薬剤耐性のないHIV株で感染が起こりました。PrEPの失敗がきわめてまれであるが全く起こり得ないわけではない、ということ以外にはこのめったにないケースからほかの結論は引き出せそうにありません。
耐性を獲得するのはウイルスであって、人ではありません。つまり、ある人がPrEPの薬に対して耐性を持つことはあり得ません。また、PrEPを服用しているHIV陰性の人は体内にウイルスを有さないので、薬剤耐性ウイルスが生じることはありません。
オンデマンドPrEPを調査したフランスのIPERGAY研究の有効性の結果は、デイリーPrEPを調査したイギリスのPROUD研究とほぼ同じでした。どちらの研究でも、PrEPの服用方法を遵守していた人は誰もHIVに感染していませんでした。それ以来、オンデマンドPrEPはフランスで展開されており、ほかのヨーロッパ諸国でも実施研究を通じて提供されています。また、シスジェンダーのMSMでオンデマンドPrEPを遵守したHIV感染の報告はありません。IPERGAY研究の結果を解釈するにあたっては1つ問題があり、多くの治験参加者がかなり頻繁に性交渉を行なっており、高い頻度でPrEPを服用していました。平均して、参加者は毎月15錠を服用し、5人に1人の参加者は毎月25錠以上服用しました。つまり、ほぼ毎日の服用に相当します。これは、次の服用までの間に薬物レベルが著しく低下する時間がないことを意味するでしょう。とはいえ、コンドームなしの性交渉を行う頻度が低い(平均で週1回)が、オンデマンドPrEPを推奨される方法で服用したIPERGAY参加者の分析は、PrEPが変わらず有効であったことを示しています。PrEPを服用しているグループではHIVの感染はありませんでしたが、プラセボ(偽薬)を服用しているグループでは感染が発生しました。オンデマンドPrEPは一般的にデイリーPrEPより少ない服用量なので、服薬方法を遵守しなかったり、薬を飲み忘れることは有効性に大きな違いをもたらすでしょう。デイリーPrEPを服用中で、とりわけ感染リスクが肛門性交の人は、もしときたま、服用を忘れたとしても、予防効果が保たれているでしょう。オンデマンドPrEPではこの限りではありません。いくつかの国際的なガイドラインは、オンデマンドPrEPについて慎重な態度を示しています。この理由の一つは、これまで有効性を示した研究がIPERGAY研究しかないからです。通常、複数の研究で一貫した結果を得られることが望ましいとされています。IPERGAY研究の結果は非常にすばらしいですが、研究としては比較的小規模でフォローアップ期間も短いものでした。
全ての国際的なガイドラインが、PrEPの開始方法と中断方法について、同じ勧告を与えているわけではありません。矛盾する情報を聞くことがあった場合には、ほかのガイドラインの内容を知っておくことは役に立ちます。ガイドラインの不一致の一部は、限られた有効なエビデンスに対する科学的解釈の違いが原因です。また、専門家たちによって、リスクとハームリダクションに対するアプローチが異なることも原因です。言い換えると、医師は高い確証を得ている方法について、たとえ一部の人々が実践するには困難であったとしても、「安全でしょう」と推奨すべきなのか、それとも、リスクを完全に0にする方法よりも、リスクを低減するような実用的な方法を選択すべきなのか、ということです?
世界保健機関(WHO)は、膣性交、肛門性交いずれの場合も、PrEPを7日間服用したあとに、血中濃度が保護レベルに達すると勧告しています。また、PrEPを中止する場合、HIVの感染リスクのある性交渉の後、28日間継続されるべきであると言っています。
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)からのガイダンスによれば、PrEPは肛門性交で挿入される側の場合は7日後に、シスジェンダー女性が膣性交する場合は20日後に、それぞれ最大の予防効果に達すると説明しています。この2つのより慎重な姿勢のガイドラインは、関連調査が終了する前の2014年に公開されました。
PrEPsterとiwantprepnow.co.ukは、iwantprepnowに掲載されているオンラインショップからPrEPを購入・服用したことのある人々に対して、セクシュアルヘルスの専門医と協力して治療用薬物モニタリング検査(TDM)を実施しました。最近の研究では、200を超える検体の検査を実施しましたが、いずれの報告でも偽薬は見つかりませんでした。 2018年の夏、PrEPsterは主要なオンラインショップ6社から購入したPrEPの検査を実施しましたが、偽薬は見つかりませんでした。
おそらく将来的には、ほかの抗レトロウイルス薬を含む、PrEPの新バージョンが提供されるようになるでしょう。錠剤以外にも、持効性注射剤、膣リング、または膣や直腸に挿入可能なジェルなどが入手可能になるかもしれません。